親が高齢になり、老人ホームへの入居を検討する際に、「自宅を売却すべきかどうか」で悩む方は少なくありません。
自宅を売却すれば、まとまった資金が得られ、入居費用やその後の生活費に充てることができます。
一方で、親にとって思い入れのある自宅を手放すことは、大きな精神的負担となる場合があります。
また、売却によって現金化されたことで、介護費用の軽減制度の利用や経済的な面で不利になるケースもあり、注意が必要です。
誰も住まなくなる家をそのまま維持するのか、将来親が戻る可能性に備えて残しておくのか、それとも思い切って売却するのか。
いずれの選択をするにしても、自宅は親のものであり、まずは「親御さんご本人の意思」をしっかり確認しておくことが大切です。
そして、こうした判断は、親だけでなく家族全体で話し合い、方向性を共有しながら決めていく必要があります。
入居資金の確保が急がれる状況では、資産の中でも使わない「自宅」が真っ先に検討対象となるのは当然の流れです。
ただし、売却を一つの選択肢としながらも、他に活用できる方法がないか、あわせて検討することが重要です。
売却によって得られる安心感と現実的メリット

まず、自宅を売却して得られる最大のメリットは、「まとまった資金の確保」です。
有料老人ホームでは入居時に一時金を支払うと、月々の費用が少なくなります。
また、入居期間が一定年数以上になると総額で施設費用が抑えられ、長期的に見れば経済的なメリットがあります。
年金収入だけでは足らない分を、自宅の売却によって賄えるのは本人だけでなく家族にとっても大きな安心材料になります。
売却のもう一つのメリットは、維持コストの解消です。
まず、固定資産税や都市計画税といった税金は、空き家であっても毎年発生します。
また、使用していない状態でも水道・電気などの基本料金が発生することも多く、光熱水費もゼロではありません。
さらに、火災や風水害などに備えた損害保険にも加入しておく必要があります。
空き家は居住中の住宅に比べてリスクが高いと判断されるため、火災保険料などが割高になるのが一般的です。
これらに加えて、定期的なメンテナンスも欠かせません。
外壁の劣化や屋根の修繕、シロアリ対策など放置しておくと建物の価値が急激に下がる恐れがあります。
年に一度は業者に点検してもらうなど対策が必要です。
また、庭の手入れや植木の剪定といった作業も必要になります。
そして、空き家として長期間放置すると、防犯上の問題や近隣への迷惑といった新たなリスクも生じます。
清掃や見回りを業者に頼むと、さらに費用は増えます。
結果的に年間トータルでは数十万円から百万円近い維持費が発生する可能性もあります。
これらの手間や維持費を解消できる点でも、自宅の売却は現実的かつ合理的な選択肢の一つです。
売却には「元気なうち」の準備が不可欠
ただし、自宅を売却するには、親が元気なうちに準備しておく必要があります。
不動産の売買契約は、原則として所有者本人の判断に基づいて行う必要があります。
認知症などによって判断能力が低下してしまった後では、売却手続きがスムーズに進められなくなる可能性が高くなります。
そうした事態に備えて、親が元気なうちに売却の意思確認を行い、必要な手続きを進めておくことが望まれます。
場合によっては、「家族信託」を活用する方法もあります。
家族信託とは、親が信頼できる子どもなどを「受託者」とし、財産の管理や処分を任せる制度です。
これを活用すれば、親が介護状態になったあとでも、あらかじめ結んだ信託契約に基づいて自宅を売却し、その資金を介護費用などに充てることが可能になります。
自宅売却によるデメリット

親が、長年住み慣れた自宅を売却すると、精神的なストレスや喪失感を伴う可能性があります。
とくに認知症の進行がある場合、慣れ親しんだ環境は心の安定につながる要素の一つです。
また、認知症の初期段階であれば、「帰る家がある」という意識が、本人にとって精神的な支えになっているケースもあります。
こうした思いは本人だけでなく、家族にも共通します。
家族にとっても、思い出の詰まった実家を失うことは、簡単に割り切れるものではありません。
さらに、いったん売却してしまえば、そこに「戻る」という選択肢はなくなります。
施設での暮らしがうまくいかなかった場合に、「じゃあ一度実家に戻ろう」といった柔軟な対応もできません。
また、病院や施設から「一時的に自宅で過ごしてよい」と許可が出た場合でも、もはや思い出の詰まった自宅で家族と一緒に過ごす時間は叶いません。
子ども世代にとっても、遠方から帰省する際に「帰る実家」がなくなれば、ホテル等を利用する必要があり、精神的にも経済的にも負担が増すことになります。
実家があることで感じられた「故郷」の存在が、売却によって失われるという感覚は、想像以上に大きなものかもしれません。
加えて、将来的に子どもが経済的な事情などから実家に住むことを検討する可能性があったとしても、その選択肢も閉ざされることになります。
売却がもたらす制度上の注意点
もう一つ見落としがちな点があります。
自宅を売却したことによって、親の預貯金が大きく増えると、公的介護施設における「補足給付」の対象から外れてしまう可能性がある点です。
補足給付とは、特別養護老人ホームなどの公的介護施設に入所する際に、所得や資産が一定額を下回っていれば、「食費・居住費」の自己負担が軽減される制度です。
ところが、補足給付の対象者が、自宅を売却して(対象者の)預貯金が増えた結果、補足給付の基準を超えてしまうと、対象外となり、自己負担額が増えることになります。
この制度は「高額介護サービス費」などと違い、資産要件がある点に注意が必要です。
ただし、有料老人ホームに入居する場合には、この補足給付の制度は適用されないため、売却によって資産が増えたとしても影響はありません。
税金の知識は重要

自宅を売却する際には、税金の知識を事前に理解しておくことが重要です。
売却によって得られる利益(譲渡所得)には課税がかかり、その計算方法や適用できる特例措置について把握しておくことで、思わぬ税負担を避けることができます。
たとえば、「居住用財産の3,000万円特別控除」や「長期譲渡所得の軽減税率」など、一定の条件を満たせば税負担が軽減される特例があります。
売却前にこれらの制度などを理解し、適用できるかどうかを確認することが大切です。
また、売却せずに自宅を維持し、親が亡くなった場合には相続税が発生する可能性があります。
相続税の計算や控除の仕組みも把握しておき、将来的な税負担の準備をしておくことが必要です。
税金に関する知識は複雑であり、売却や相続の際には専門家に相談することもおすすめします。
まとめ
親の老人ホーム入居にあたって、「自宅を売却するかどうか」という問題は、単なる経済的な判断にとどまりません。
まとまった資金を確保できるという現実的な利点がある一方で、精神的な支えや家族の思い出という、目に見えない価値を失うことにもつながります。
売却の可否は、税金などの経済的な側面だけでなく、親御さんの意向や健康状態、入居予定の施設の種類、今後の生活設計、そして家族それぞれの想いなど、多面的に冷静な検討が求められます。
そして、最終的には「今どうするか」だけでなく、「将来どうしたいか」まで見据えた長期的な視点で判断していくことが求められるのです。
財産管理や将来の介護資金準備の重要性
介護費用の問題だけでなく、親の財産管理や遺言作成、将来の介護資金の準備も非常に重要です。
介護施設の選び方や費用に不安があれば、財産管理や遺言についても含めて専門家に相談することをおすすめします。
当事務所でも専門的な視点から最適な解決策をご提案しますので、どうぞお気軽にご相談ください。
また、もし今、親の介護が心配なら、ぜひ一度、「介護とお金そなえプラン」を検討してみてください。
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